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オリジナルBL小説を扱ってます。 メインはLiebeシリーズ(不良×平凡)サブでCuadradoシリーズ(生徒会長×お調子者と親友たちの4角関係)も。pixivで漫画連載してます。更新情報はツイッターでどうぞ。
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冷たい雨が降りしきる路地裏。

重なるように倒れている人間達を見ても、なんの感情も動かなかった。
3対10でやった喧嘩は不意打ちで襲われたということもあり、こちら側も多少の傷を負っていた。
オレも久々に頬を殴られた。それだけで苛立ちを募らせるには充分すぎた。
手加減なんてものは知らない。骨を折っている奴もいるだろう。
まあ、オレに喧嘩を吹っ掛けてきたのだから、それぐらいは覚悟しているだろうが。

『も、もう…許し…』

よろよろと顔を上げた一人が、命乞いをしてくる。
頼むくらいなら仕掛けてこなければいいだけの話だ。
虫のいい哀願にまた機嫌が悪くなって、オレはその頭を思い切り踏みつけた。

『…うぜえ…』

『なあ、篤也ー』
オレの後ろで最後の一人をのした龍人が間延びした声で話しかけてくる。
『オレ達このあとアジト戻るけど、どうするー?』
『…行かねえ』

一瞬考え、呟くように断る。
今日は酒を飲んでも女を抱いても、気分が晴れそうにもない。
右手に残る殴った感触だけが鮮明で、それがまた無性にムカついて。

なんにも考えずに、ふらりと歩き出した。
優士と龍人の視線を背中に感じたが、アイツ等は無駄なことは言わない。
そのまま見送るのだろうと判っていたから、オレも黙って歩き出した。


地面に打ち付けては跳ねる雫。
制服はすっかり濡れて、随分と重くなっている。
雨に打たれれば少しは綺麗になるかと思ったが、状況は何も変わらない。
オレは天を仰ぎ、舌打ちをした。

駄目だ。
全然、満たされない。
心が、渇きが、癒されない―――


そのとき、不意に声がした。
か細い、今にも消えそうな声だった。
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ガキの頃からずっと、心が渇いていた。


一流企業に勤めるキャリアウーマンの母と、資産家の父。
家も広く使用人も数人いて、暮らしとしては上流階級だったのだろう。

けれど、己の境遇を幸福だと思ったことは一度もなかった。

両親が仕事のことしか頭になく、その邪魔になる子供のオレを疎ましく思っている――
そんなことは、物心ついたころには既に理解していたからだ。

彼らは家に帰ることも殆どなく、オレはいつも一人ぼっちだった。
寂しさから泣いて我侭を言ったこともあったけれど、その度に両親が浮かべる表情は迷惑そうなもので。
そこに一握りの愛情でもと縋ったことにすら傷ついて、いつしか2人に期待することがなくなった。

どんなに金があろうと、どんなにモノを与えられようと――温かみのないあの家は、牢獄と同じだった。


けれど、周りは違った。
あれは、中学生のときだ。

『嘉堵川君』
呼び止められ振り向くと、クラスメートの数人がやけにニコニコしながら近寄ってくる。
『君のお父様の話を聞いたよ。また事業に成功したそうじゃないか』
『…は?』
いきなり何を言い出すのかと思ったら。
名前も覚えていない奴の口から出てきた親の話に、眉間に皺が寄る。

中学校は親の勝手な方針により、金持ちばかりが通う私立に入れられていた。
どこの家が名門だとか、どこの親が成功しているだとか、そういう話にばかり感心を持っている奴らばかりだった。
こいつも例外ではないらしい。
不機嫌そうに聞き返したオレにはお構いなしで、横にいた生徒も口を揃える。

『お母様も相変わらず大活躍だし…本当に君の家は素晴らしいね』
『うんうん…君が羨ましいよ』
まるで首振り人形のように同調する奴らに、益々機嫌が降下していく。
ここに入ってから、何度この手の話をされたことだろう。

『……そんなに欲しいならくれてやる』

無性に苛立ちが募って、舌打ちと共に小さく吐き出した。


ああ、こいつらみんな同じだ。
「…っ」

消毒液が沁みて思わず小さな声を漏らすと、篤也先輩の眉が寄る。
「…痛むか?」
「いえ、平気です」
こんなことくらいで弱音を吐くのも情けないので笑ってみせると、先輩は微かに笑ってその上から絆創膏を貼り付けた。

先輩達のアジト「Dark Night」に戻ってくると、オレはVIP専用ルームの上質な革張りのソファーの上で恐れ多くも篤也先輩に直接治療してもらうことになった。
自分で出来ますと遠慮しようとしたのだが、やらせてくれと懇願するように頼まれては断ることなど出来なかった。
先輩はやはり、責任を感じてしまっているようだった。


(しかしこの顔…母さんが見たら倒れそうだな…)
今まで喧嘩なんてものに巻き込まれたことなどない。
そんな子が口端と頬に怪我をしている姿を見た親の顔が容易に想像できる。

オレは小さく苦笑しながら、先輩にお礼を告げた。
「あの、有難う御座います。手当てまで…」
「いや…」
先輩は短く断ると、救急箱の蓋を閉じてこちらへ身を屈めた。

「…それと」

(え)

流れるような動作で後頭部に手を回し、額に軽いリップ音を落とす。

「…早く治るまじない、な」
「え、ええっ…!?」


あまりにも自然にされて、一気に心臓が跳ね上がる。
耳まで熱くなったオレに、先輩が目を細めた。
うわ、なんだこれ、恥ずかしすぎる…!

でももっと困ったのは、ちっとも嫌じゃない…どころか、嬉しい、ということで。

(…って、これ、好きって自覚してから初めての2人きりだ…っ!)

他の皆さんは治療に集中できるようになのか、はたまた気を使ってくれたのか、他のフロアに集まっている。
幾ら皆がいるといってもここは2人だけで…どうしたって、意識してしまう。

叫んだのはユキさんだ。

「なんでそこまでして、そのチビを守る訳!?そいつなんて唯のホモでしょ!?」
怒りと戸惑いで青くなった彼女は、長く伸びたネイルで痛そうなくらい拳を強く握っていた。

「ユキの方がずっと、篤也を満足」
「黙れ」

篤也先輩は言い募ろうとする彼女を一言で制した。
先程リーダーの男へ向けたときと同じ、凍てついた眼差しで射抜く。

「これ以上直を傷つけるつもりなら――例え女でも許さねえ」
「あ…篤…」
「…前にも、そう警告した筈だ」
「っ…それは…」

あまりの剣幕に、ユキさんが息を呑む。
そこに自分の言葉が入る一分の隙間も無いことを悟ったのだろう、じり、と後退する。

「何よ、意味わかんない、もういい…っ!!」

ユキさんは目に一杯涙を溜めて叫び、逃げ出していった。


「あ、逃げたー」
「…放っとけ…あれだけ言えばもう馬鹿な真似しねぇだろ」
吐き捨てるように先輩がそう言うと、今度はこちらに顔を向けた。

「…それより…」

その瞳はもう先程の剣呑さはなく、酷く傷ついた色をしている。


「…あ、先ぱ…」
カツカツと近付いてくる先輩に口を開きかけるが、何と声を掛けていいか判らない。

そんなオレを、先輩は覆い被さるように強く、抱きしめてくれた。
そしてとても辛そうに、掠れた声で呟いた。


「――…悪りィ…」

(あ…)
暖かい腕の中で、少なからず混乱していたオレも落ち着いてくる。
大きな手で頭を撫でながら、先輩が続ける。

「オレのせいでお前をこんな目に遭わせちまって……本当に悪かった…」


(先輩…)

篤也先輩が謝ることじゃない。
それなのに、全て自分の罪過のように受け止める言葉が辛くて…オレは何度も首を振った。

 

男は絶望した。

仕掛けた時には確かにあった勝算が、今では塵一つも残っていないことに気付いたからだ。

噂を耳にしていた。
Red Scorpion――この地域で常に絶対的な力を誇るチーム。
そこの頂点に君臨する総長の弱みがついに出来た――というものだ。
それが恋愛…しかも相手が男だというのだから、寝首を掻こうと虎視眈々と狙っている他チームが放っておくはずがない。

『アイツは平凡な男に惚れ込んで、牙も抜けた』
そう他の不良達は揶揄し、嘲笑した。

男も例に漏れず、これをチャンスと捉えた。
平凡な男というのだから、暴力を振るえばすぐに言うことを聞くだろう。
そいつを人質にして、あの総長を脅すのだ、と。

いつも喧嘩を挑んでは返り討ちに遭っていた男はずっと恨んでいた。
一度、あの総長の膝を付かせてみたかった。
常に表情ひとつ変えないその顔を、歪めてみたかったのだ。

そんな男の前に、一人の女子高生が現われた。
いつも会う度に違う男を連れ歩いていた彼女は、なかでもRed Scorpionの総長のセフレだということを一番の自慢にしていた。
しかしある日突然、彼女はその立場を失った。
元から特別な感情も持たれていない関係だということは承知済だった。

だが、二度と目の前に現われるなと――総長に突き放された。
その主因は、総長の心を攫った人間が現われたからだ。
故に――彼女も、強い妬みを募らせていた。
男と女の利害関係は一致した。そして手を組むことを、決めた。


今ならば、弱みを持ったあの男相手ならば、かつてのように負けることはないだろう。
明日からは自分がこの街を仕切るのだと――男は高揚した気分で、月峰高校の正門へと向かった。
そしてそこにいたターゲットを捕獲して――天下取りは始まった。

はず、だった。


だが今、膝を付いているのは男ではない。自分だった。
混乱した頭で顔を上げる。
仁王立ちした男は以前と同じく――否、もっと明確な殺意さえ篭った瞳で、こちらを見下ろしていた。

途端に体中を震えが走る。

違う。違う違う違う。
こいつは牙なんか抜けていない。
あの頃のままだ。


『月峰の飢狼』――最強にして冷酷な伝説の男、そのままだった。
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