「とりあえず殴らせろ」
「は？」

放たれた意味を呑み込む前に、強烈な右ストレートが飛んで来た。


夏休み前、最後の仕事のために集まった生徒会室。

そこで、聖人と付き合うことになったと巧に改めて宣言した。
聖人から既に断わったとは聞いていたが、オレからもライバルに何かしら報告しないといけないと思ったからだ。
…まあそんなのは建前で、実質牽制の意味があったのだが。

そんなオレからの言葉を受けて、巧が取った行動はひとつ。
あらん限りの力で、吹っ飛ばしてくれたのだった。

流石フェンシングで突きをする手だ。
軌道が全く見えなかった。

があん、という派手な音と共に身体が机に強く打ち付けられる。
強かに腰をぶつけて、熱くなってる頬と同時に痛みを覚えた。
遅れて口内にじんわりと染みるのは、鉄分の味。

「ってえ…っ、いきなり何すんだよ！」
「八つ当たりだ」
「はあっ！？」
今度こそ素っ頓狂な声が出た。
表情も変えずにそんなに堂々と、理由にもなってないことを言われてもリアクションに困る。
（というか、納得できるか！！）


「なんだそれ…っ！」
「――まあ、強いて言うなら失恋の痛みという訳だ」
「っ…」
さらりと続けられ、ぐ、と詰まった。
こちらに向けられた瞳には確かに苛立ちが混じっている。

巧はオレを殴りつけた右手をぷらぷらと振った。どうやら向こうも痛かったようだ。
「…それと、今まで聖人を泣かせてきた罰だ」
「……」

それを言われると何も反論出来ない。
確かにオレの優柔不断さから聖人に辛い想いをさせてきたのだから。
「…もう、泣かすなよ」
「ああ…分かってる」
（…痛いほどにな）

本来、自分のしたことと巧の心情ならば一発で済まなかったところだ。
巧からの有難い忠告だと思うことにして、オレは立ち上がった。

と、生徒会室の扉が開く。

「おーい、今の音なに？大丈…って、翼！？」
いたのは今の話題の中心人物であり、二人の想い人である聖人だ。
定位置からずれた机とオレの頬を見て、驚いて駆け寄ってくる。

「な、何があったんだ？」
「俺が殴ってやったんだ」
「へっ！？」
「…いいんだ聖人、けじめだから」
「はっ ！？」
今ここで入った情報だけでは理解出来なくて当然だろう。
聖人はキョロキョロとオレ達を見渡して、呆れたように肩を竦めた。


「まあ、お前達の間で済んでんならオレは何も言わないけどさ…」
そしてオレの頬を見て、そっと指で触れる。
「赤く腫れてんな…」
「っ」
「あ、ごめん痛かった？」
「…いや、平気」
ちり、とした痛みが走るが伸ばされた手を失いたくなくて、右手で取ると箇所に充てる。
じんわりと暖かさが伝わってきて、ホッとする。


オレ達のやりとりをなんとも言えない顔で眺めていた巧が、静かに出て行こうとしていた。
「あ、巧！」
それを追いかけた聖人は、ポケットから絆創膏を取り出すと彼へ手渡した。
「お前もその手、使えよ」
「……有難うな」

じっとそれと聖人を見比べていた巧は、苦笑混じりに礼を述べる。
眩しそうに目を細める顔に、考えていたことが分かるのはやはり同じ立場故だろう。

扉はゆっくりと閉まり、嵐は静かに終わりを告げた。


生徒会室を出て、今日が最後だという聖人の通院に付き添うために廊下を歩く。
もう大分具合は良さそうで、さくさくと歩く足取りは軽い。


「…聖人、今までごめんな」
「どうした急に」

こうしてまた同じように肩を並べて歩けるとは思っていなかった。
感慨に浸りながら呟くと、聖人は酷く驚いた顔をした。
立ち止まる彼に合わせ、見つめ合う。

「オレが中々決心つかなかったせいで…大分、苦しめてたって思ってさ…」
「そんなこと…」
ない、と言いかけて、聖人が口を噤む。
ゆるゆると頭を振り、口調を切り替えた。

「…まあ確かに、中学のときの約束でお前を縛りたくないって…ずっと悩んでた。オレも自分の気持ちに中々気付けなかったし」
「それは違う。縛りたいのはオレの方だ。…あの約束で、お前がオレしか考えられないようにしたかったんだ」

そうだ。
オレはずっと、こいつを独占したかったんだ。
親友としても恋人としても、これからも唯一人の存在でありたいんだ。

（…相当めんどくさいな、オレは）
自覚したその欲に心の中でこっそり苦笑する。

聖人と言えば、耳まで真っ赤になっていた。
「…なんか、凄いこと言われた気がする、今」

それに気を良くして、右手で後頭部に手を回した。
風のように掠めるキスを落して、近距離でにやりと笑ってやる。

「…言っておくけど、オレの4年分の片思いはこんなもんじゃないぜ？」
遅れて事態に気付いた聖人が信じられない、といった顔をする。
「おま、ここ、がっこ…！」
「何を今更。この前散々キスしたくせに」
「…！お前がこんなエロいなんて知らなかった…！」

詐欺だとかなんとか喚きながら後ろからついてくる。
そのふてくされた横顔さえ愛しいのだから、十分に溺れている証拠だろう。


「…まあ、取り敢えずお前は大会、絶対勝てよ」
「当たり前だろ？目指すは優勝、だかんな！」
「そりゃいい。…それが終わったら、この前の続き、しような」

追いついた彼の耳元で、囁いてやる。
一瞬遅れて、聖人は爆発した。


その様子に心から笑って、手を伸ばす。
文句を言いつつ、そこまでだかんな、と彼がそれに応える。


（放してなんか、やるもんか）


優しい指先にそっと力を入れて、空を仰いだ。
真っ直ぐに伸びる飛行機雲に、一人誓う。

夏は、もう其処まできていた。



FIN

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fragileはここで完結です。
翼聖の二人の話はまだまだ続きます＾＾
（この続きは裏なのでピクシブにでもUPします）

長々とお付き合いくださいまして有難う御座いました！