※これはキリリク作品で、「山田くんの～」の後日談です。

オレが扉を開けた途端、殆ど全ての人の視線が集中した。
先ほどまで友人達と雑談に花を咲かせていた生徒の凍りついたその表情に、どう思われているのか容易に想像がつく。

（…まあ…無理もない、よね…）

平凡代表の看板を背負って歩いているようなオレの頬には、昨日までなかったガーゼが当てられて。
その後ろに、この学校…いやこの地域トップと称される不良グループの総長が立っているのだから。


「じゃあ、また昼迎えに来る」
「あ、はい。有難う御座います」

しかし篤也先輩はそんな彼らの視線など慣れたものなのか、気にも留めずオレに話しかける。
頷いたオレの頭を撫で満足そうに口端を緩めた先輩は、そのまま廊下を歩いていった。
先輩の背中を見送ってから、オレも教室に一歩足を踏み入れる。
…正直こんな空気の中に入りたくは無かったけれど、致し方ない。

「な、ななな、直！」

と、途端に金縛りが解けた様に駆け寄ってきたのは、親友の順平だった。すっかり顔面蒼白だ。
「お、お前」
「ま、待って！これは先輩に殴られたんじゃないから！」

皆まで言うな、と手で制しながら取り敢えず最大の誤解を解いておく。
ロードに時間がかかったようで、順平は暫く固まっていた。
そしてゆっくりと数回、瞬きをした。

「…え、違うの？」


それから短い休み時間をいくつか使って、なんとか昨日までのあらまし全てを説明することが出来た。
Red Scorpionに対立するグループに拉致されたこと。
そこには先輩のことを好きな女性もいて、知らない間に恨みを買ってしまっていたこと。
襲われそうになりピンチのところを、間一髪で先輩達に助けてもらったこと。

そして何より――オレ自身の気持ちに気づくことが出来て、先輩と正式な恋人同士になれた、こと。


全てを話し終える頃には、順平もすっかり安心したようだ。
そっか、としきりに何度も相槌を打って聞いていた。

「オレさ、結構心配してたんだよ。直ってさ、自分の気持ち中々口に出せないだろ？」
「うん…そう、かな」
思い当たる節は沢山ある、と思いながら同意を示すと、順平が大きな手でがしがしと頭を撫でた。
先輩のそれとは違って友人同士の気安いそれに、思わず笑みが浮かぶ。

「ちょっと順平、髪ぐしゃぐしゃに…」
「…直が幸せそうで、よかった」
「…え」
急に変わったトーンに彼を見る。
凪のような穏やかな瞳には本当に心配してくれていたんだと窺える優しさが滲んでいて、微かに息を呑んだ。
こんな彼の顔は、初めて見たかもしれない。

「自覚ないかもしんないけど…篤也先輩の話するとき、お前すっげえいい顔してるよ」
「…そう、かな？」
「ああ。…ちゃんと恋人、なんだな」
「…順平…」

改めて第三者から「恋人」と言われると、本当にそう思ってもらえるのだと…思ってもいいのだと、知る。
順平はとても頼もしい笑顔で、応援するからな、と言ってくれた。

空腹がピークになるころ。
お昼休みのチャイムが鳴って、それとほぼ同時に先輩が迎えにきた。

ギリギリまで話したがる先生が喋っている途中だったけれど…篤也先輩の登場に、すっかり固まってしまって。
「直、行こう」
水を打ったように静まり返る教室内で、先輩は朝と同じく全く動じることもなくオレの名前を呼んだ。
「あ、はいっ」
オレも一瞬ぼんやりしてしまい、その声に急いでシャーペンやノートを机の中に突っ込む。
そしてお弁当と水筒を掴むと、先輩の後に続いて教室を出る。

（うーん…この光景、きっといつまでも続く…んだろうなあ…）
脅されているわけじゃないから大丈夫、と説明したところで、皆にしてみればパシリにしか見えないことだろう。
まあ本当のことは言えないからいいか、と諦めながら最後に教室を振り返ると、順平だけが笑って手を振っていてくれていた。


「んー…いい天気、ですね」
「ああ」

屋上の扉を開けると気持ちのいい初夏の風が髪を撫でる。
この季節の外ランチはとてもいい。今まで教室でご飯を済ませていたのが勿体無いくらいだ。
これも、先輩と過ごすようになって知ったこと。

「直、こっち」
先輩はいつものように手摺に凭れ掛かると、当然のようにオレの腕を引いて膝に据わらせる。
最初は恐くてドキドキしていたけれど、今では違う意味で心臓が跳ねる。
シャツ越しに伝わる少し低い熱や、シトラスの香りがぐっと近くなって――オレは誤魔化すように手を動かした。

「今日のお弁当、先輩の好きなおかず入れたんですよ」
なるべく先輩を見ないようにしながら、お弁当箱の蓋を開ける。
先輩がオレの肩越しにそれを覗き込む。
きんぴらごぼうに卵焼きに、鶏ささ身のロールカツ。
どれも、今まで先輩が特に美味しそうに食べてくれたものだ。

「…本当だ。サンキュ、直」
ちょっと照れくさそうに笑う先輩の声がくすぐったい。
「どれから食べますか？」
「んー…卵」
「はい」
言われたとおり卵焼きを箸で掴んで、先輩へ。
ぱくりと咥えた先輩が味を確かめるように咀嚼して、飲み込む。

「ん、やっぱり美味い」
「よかったです」
どんな人に褒められるよりも、この人にそう言ってもらえるのが一番嬉しい。
はにかんだオレの髪を撫でて、篤也先輩は腰を引き寄せた。

「…先輩？」
ぐっと一層近くなった距離に、耳が熱くなる。
首を動かして間近から見やると、愛しそうにオレを見つめる瞳とかち合った。


「…なんか、夢みたいだな」
「え？」
「…直と、こうして居られるなんて……幸せすぎて、信じられんねえ」
「…篤也、先輩」

心からの言葉に、じんと胸が震える。
オレは箸を置いて、先輩と向かい合うように態勢を変えた。


「オレも、幸せです。先輩と出会えて、オレを見つけてくれて…有難う、御座います」
「直」
「…好きです、先輩」
この二文字ははまだ少し慣れなくて、ちょっとだけ閊えてしまう。
心からの言葉を伝えるのは、なんて大変なんだろう。
きゅう、と心臓が苦しくなるほどに本気だから、苦しくて――そしてとても、大切で。

「…それは…オレの台詞だ」

先輩の目が少し潤んでいた。
でも確認する間もなく距離がゼロになって、口づけが降りてくる。

もうすぐ龍人先輩達も、ここにやってくるだろう。
分かっているのに離れがたくて、オレ達はお弁当もそのままに何度もキスを重ねた。


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えみか様キリリクの「後日談の篤直」でしたー！
ただのいちゃつきバカップルですみませんでした…！！返品可です…！
このあとばっちり見られて龍人にからかわれたかどうかは…ご想像にお任せします（笑）

こんな駄作ですが、えみか様キリリク有難うございました！