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授業終了を告げるチャイムが鳴り終わる前に、突然背中へ体重が掛かる。
教室を出て行こうとしていた英語の年配女性教師に笑われたのが視界の端に映って、オレはわざと呆れたように溜息を吐いた。
コイツが真っ先にオレに報告しにくるであろうことは予測していたのだが、そんなことはおくびにも出さないでおく。
「聖人、重い」
回された腕や首筋に感じる体温になるべく意識を向けないようにしながら、身体を起こす。
するりと解けたそれに、そうなるようにしたのは自分なのに酷く残念に思う。
「じゃーん!見てみて!この点数!」
ご丁寧に自分で効果音をつけて広げて見せてきたのは、授業開始早々に返却された先週のテストだ。
赤いペンで70点と書かれている文字が少し大きいような気がするのは、先生もこの結果に多少ならずとも感動しているからだろうか。
(そうだろうな…こいつっていつも赤点ギリギリだし)
「おおーよかったな」
本当はテストを受け取った聖人が大げさに喜んでいた時点で大方分かってはいたのだが、初めて知ったように喜んでやる。
そんな簡単なことで、こいつは本当に嬉しそうに笑うから。
オレはなるべく自然を装い、その頭をくしゃくしゃと撫でた。
「へっへー!」
「言ったろ?お前はやれば出来るって」
「おう!」
気持ちよさそうに目を細める仕草は猫のようだ。
オレと数センチしか変わらないのに、もっと撫でて欲しいのか首を傾けてくるから聖人が自然と上目遣いになる。
「なあ、オレって実は天才だったりするかな」
きらきらと光る瞳がこちらを覗くだけで、えも言われぬ劣情がせりあがってくる。
オレは無意識に唾を飲み込んでいた。
耐えろ、と強く念じながら、最後はわざと髪をぐちゃぐちゃに乱してやる。
「…次に直すのはそのすぐ調子に乗るところだな」
「ぐわっ」
急に乱暴になった仕草に聖人がよろける。
(危なかった…)
これで、ぽんぽんといつもの小気味のいいやり取りになったはず、だ。
そんなオレ達の後ろから、ひそひそと噂をしている声が聞こえてくる。
「あ、また進藤君が堂本君とじゃれてる」
「本当、2人って仲いいよねー」
「だよねー…あーあ、いいなあ進藤君。私も堂本君とあんな風にお話したいなあ…」
(それは無理だよ)
潜めながらの声ほどよく拾ってしまうものだ。
女子生徒の一人が呟いたそれに、心の中で応えておく。
彼女がどうこうと言う問題じゃない。
オレ自身が、他の人を望んでいないんだ。
「ったく、なんだよ!髪乱れちゃっただろー」
「元々そんなに変わんねえよ」
「酷!朝頑張ってセットしてんだぞ!」
ぶつぶつ文句を言う聖人には適当に流しつつ、それで、と話を切り替えた。
「何がいいんだ?」
「え?」
「言っただろ?何か奢ってやるって」
「あ!そうそう!そこだよメインは!」
先ほどまでの怒りはどこへやら、聖人が嬉しそうに一歩近寄る。
ふわりと石鹸の香りがした。
「なにがいいかなーたこ焼きも食べたいしラーメンも捨てがたいしアイスも…」
「ラーメンはこの前食いに行ったろ?」
いつも2人で行くときに大抵食べてるものが出てくるので、思わず笑ってしまった。
「あ、そうか…じゃあたこ焼きかな!いつものな!」
「了解。今度の日曜でも行くか?」
「おう!」
聖人が大げさに敬礼してみせたところで、教科書を抱えた俊から声が掛かる。
「翼、聖人くん、次移動だよ~」
「うわ、やば!行こうぜ、翼」
「ああ」
(…日曜、か)
誰にも気づかれないよう、そっと笑う。
久しぶりだ。
休日にコイツを独占できる、のは。
(……我慢、効くかな……)