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オリジナルBL小説を扱ってます。 メインはLiebeシリーズ(不良×平凡)サブでCuadradoシリーズ(生徒会長×お調子者と親友たちの4角関係)も。pixivで漫画連載してます。更新情報はツイッターでどうぞ。
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深呼吸する。
その瞬間、敵も味方も関係なく――すべての存在は己の意識から消え失せる。
そして短く息を吐き、神経を集中させていく。

見据えた先には、直径45cmの輪。
感覚を研ぎ澄まして、指先が思い通りの軌道を描く。

何度も繰り返したその動きは、いつだって正確だった。



けれど今のオレが投げるそれはリングに弾かれ、嫌な音を立てて揺れていた。
バウンドしたボールが間抜けに転がって、静まり返った体育館に響く。

肩で息をするなんて情けない。
両膝に手をついて中腰になると、汗が鼻筋を伝って地面へと落ちた。


「最終下校時刻過ぎてるぞ」

突然降ってきた声に驚き、入り口を振り返る。
扉に背中を預け、呆れ顔の生徒会長がそこに立っていた。

「翼!吃驚した~なに、こんなところまで来るなんて珍しくない?」
「生徒会の仕事が長引いたんだよ。お前にメールしたんだけど返事来ないから、まだ練習してんのかと思ってさ」
「マジ?あー携帯まだ部室だから…」

謝罪の気持ちを織り交ぜながら眉を下げる。
「ま、会えたからもういいんだけとな」
言いながら翼が長い足でこちらへと近寄り、傍に落ちていたボールを拾った。

「来週練習試合だっけか?」
「そ。今度の大会でも確実に当たる、強豪校な」
よくこの時期に試合を引き受けてくれたと思う。
当然向こうも大会を見据えているのだろうが、ここで何かしらの収穫をしないと意味が無い。

翼は数回手元でボールをバウンドさせ、そのあとリングへと投げた。
まるで糸で引っ張られているかのようにリングの真ん中へすっと入るそれに、感心を通り越して少し呆れてしまった。

「…ずっるいなあ。生徒会長サマは苦手なこととかないわけ?」
「偶々だろ」
「あーあ。お前に今度の試合出てもらおうかなあ」
「馬鹿言うなよ。素人が助っ人出来るような戦力じゃないだろ」
広海高校バスケ部は大会で毎度上位の成績を納めている常勝校だ。
2年でキャプテンを務めるようになってから責任感は増す一方だし練習は相変わらずキツイけど、今が一番充実しているといえる。

そう、だから…うじうじといつまでも悩んでいるわけにはいかないんだ。
そんなことは判りきっているんだ。だけど。


「兎も角、もう帰んぞ。ほら、早く着替えて来い」
「え?…待っててくれんの?」
「そのつもりがないならここまで来ねえよ」
「…俊は?待ってないの?」
反射的にそう尋ねると、端正な顔の眉間に皺が寄る。

「俊ならとっくに帰ったんじゃないか?知らないけど」
「…そ、そう」
あまりにもさらりと言われて、何故か安堵している自分がいた。



手早く着替えて、二人で帰り道を行く。
「夕方になれば暑さも落ち着くな」
体育館の熱気を思い出し問いかけるつもりも無く呟く。
少し涼しい風が肌に心地よい。

あと数週間もすれば、夏休みだ。
こうして登下校を共にすることも、暫く無くなる。
部活動で殆ど時間を取られるけれど、短期間でもいいからバイトをしようと思う。
父さんが残してくれたお金はまだまだあったけれど、それに甘える気は無かった。


「お前は夏休みも生徒会の仕事があんだっけ?」
「ああ。後期の文化祭の準備も少しずつ進めないといけないしな」
「うへえ。大変だなあ」
「お前こそ夏合宿があんだろ?そっちのがハードだろ」
「まあな~あー海行きたいなあ~」
合宿は山だし、と思いながら両手を頭の後ろで組む。

こうしてなんてことはない雑談をしながら歩く時間が好きだった。
オレは多くの友達を作ることは得意だったけれど、本当に向き合える人間を見つけるのは苦手だ。
自分の過去を全て曝け出すなんて…とても難しいことだからだ。
それはまだどこかで自分を赦しきれていない証拠なのかとも、思ってる。
でも、それも今のオレの一部だから。
無理して元気の振りをしなくてもいいから、と言ってくれた人にだけすべてを打ち明けている。

それがこの、隣に居る人間なんだけれど。

ちら、と横目で見る。
夕焼けに目を細めるその人は鼻が高くて、形のいい唇と黒曜石の瞳で――つまりはムカつくくらいに、カッコよくて。
右からの無粋な視線に気付いたのだろう、彼は女子が居たなら卒倒しかねない微笑を讃えた。

「なーに見惚れてんだよ」
「……」

本当なら、ここで冗談を言うつもりだった。
翼もそれを予測しての言葉なんだろう。

けれどオレの喉は妙に乾いていて、なにも出ては来なかった。
唯見つめることしかできなくて、流石に不思議に思った翼が立ち止まる。


「…聖人?」

ああ。そうだな。
なんでオレも、そんな簡単なことに気づけなかったんだろうな。


こいつがいつもオレだけの親友で、オレだけのために居てくれるなんて有り得ないのに。


「…オレ、重くない?」

口は勝手にそう呟いていた。
翼の黒目がきょとんと丸くなる。

なんだこれ。女子じゃあるまいし。
そう思いながらも、つらつらと止まらない。


「お前が迷惑だって思ってんなら、ちゃんとそう言ってくれよ?オレ…そういう肝心なところ鈍いからさ」
「…なに、言ってんだ」

困惑のような、苛立ちのような静かな声。
数歩前を歩いていたとは思えないほど素早くオレの前に立った翼は、痛いくらいに強く両肩を掴んだ。


「誰かに、なんか言われたのか?」
「……ちが」
「言われたんだな」
オレの反論は信じてもらえないらしい。
覗き込む翼との距離は、ほんの十数センチ。
あまりの近さに、通り過ぎる人々の好奇な視線が集まる。

「誰だ…って聞いても、お前は答えないんだろうな」
「……」
問いかけではなくあくまで確認するようなそれに、オレの癖まですべて見抜かれていることを思い知る。
一見穏やかな声色は、それだけで十分すぎるほどの、怒気を孕んでいた。

彼は本気で怒っていた。
オレにではなく――雨雲を呼び起こしたあのひと、に。


「あんま変なこと、考えんなよ」
「…翼」
「――…オレは、オレのしたいことしか、しない主義なんだ」

言い聞かせるように、翼が呟く。
そして逃さまいと掴まれた熱に、ぞくりと背中が痺れた。


「夏休みはお前の宿題見てやるからな。感謝しろよ」
ニイ、と他の人間には殆ど見せないそれはそれは意地の悪い笑みを浮かべながら、翼が腕を引っ張る。
「翼、オレ」
「…いいから、お前は試合に集中してろ」

翼はもうこちらを見なかった。
ただ、繋いだ箇所に、力が籠る。

だから、もうオレはそれ以上何も言えなくて――小さく頷いた。


嬉しいはずなのに、言い様の無い不安に蝕まれ心は晴れないままだった。
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