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- 09/16 fragile (51) Side: 翼 最終回
- 09/08 fragile (50) Side: 俊&巧
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「本当俊くんて可愛いよね!」
「髪サラッサラだし肌白いし華奢だし!」
「は、はあ…」
そんなことを言われて喜ぶ男子生徒がいるだろうか。
僕はそりゃあもうベコベコに凹まされながら、女生徒数人にいいように髪を弄られている。
…事の発端は、弁当も食べ終わった昼休みに彼女達にお願いされたことに始まる。
一度俊くんの髪触ってみたかったの!というその勢いたるや、普段聖人くんがこのクラスのマドンナだとべた褒めしていた可愛らしさも引っ込んでしまうような迫力で。
思わずたじろいでしまったのは、翼達も同様だった。
(こういうときの女性には逆らわないほうが身のためなんだよね…)
経験上嫌と言うほど知っている僕は泣く泣く了承して、彼女達に囲まれながら椅子に座らせられているのだ。
この状況は罰ゲームに近いというのに、周囲の男子生徒はいいなあだとか能天気に呟いている。
そう思うのなら、喜んでこの席を譲るんだけど。今すぐにでも。
「でーきた!」
「え…」
遠い目でそんなことを考えている間に、女子の一人が声を上げた。
「見てみて!」
「え…!ちょ、ちょっと!」
手鏡を渡され確認をしてみると…髪に可愛いクマのピン留めをつけられていた。
おまけにちょっと三つ編みをした上に、だ。
男子の格好としては、どう考えても異様だろう。
「きゃー可愛いっ」
「…確かに、そうしてると本当女の子みたいだよなあ」
僕の心境なんて知らず、男子の中でもそんな感想が漏れる。
だから、そんなことを言われて、喜ぶ人なんて…!
「ちょっと、いい加減に…!」
大人しく従っていたけれどそろそろ我慢の限界で、僕は声を荒げようとした。
「ね、堂本くんもそう思うでしょ?」
「!」
それに被せるように、彼女達のひとりが不意に翼に感想を求める。
彼は輪が開けて漸く僕の姿が目に入ったようで、目を見開いてこちらを凝視していた。
(う…こ、こんな格好見られるなんて…)
泣きたい。
でも、こんなにじっと見つめられるなんて今まで無くて。
こんな状況下だというのに、心臓が馬鹿みたいに跳ねる。
やがて彼はふっと、相好を崩した。
緩やかに口端がカーブを描くと、うっとりするような優しい顔になる。
「…うん、確かに可愛いな」
「…っ!!」
彼女達を同じ、一言だというのに。
衝撃波が体中に、電気のように走り抜けた。
彼女達もそんな翼に見惚れたらしい。
暫く、しんと場が静まり返った。
「…ねえ、思ったんだけど。今年の文化祭は、この二人で劇やらない?」
「え…?」
ぽかん、と口を開いた僕を余所に、わあ、と女性陣が一斉に歓声をあげる。
「ありあり!それ超いいアイディアじゃん!!」
「題材はなんにする?白雪姫?それともシンデレラ?」
「学年一のイケメンと美少女が同クラだもん!やらなきゃ駄目でしょ!!」
今美少女とか言わなかったかな。
そんな細かいことに突っ込んだところで…最早誰も聞いていないだろう。
僕はふらふらとした足取りで、翼達のところへ戻ってきた。
「…お疲れ」
「おー俊可愛いなあ!」
翼は同情し、聖人くんはにこにことやたら嬉しそうだ。
「翼…あれ本気かな…」
「…止められ…ないよなあ」
ぐったりしながら彼を仰ぐと、流石の彼も苦笑するしかないようで。
女子のパワーは恐ろしいと慄きながらも、満更でもない正直な自分がここにいる。
(だって、相手役が翼…だし)
勿論まだ本当に決まったわけでもなんでもない。
…けれど例え仮にでも、彼とお似合いだと言われたようで舞い上がってしまうのだ。
(ああ馬鹿だな、僕って)
何度も浮かれては落ち込んで、その繰り返しだ。
なんて、単純なのだろう。
このひとはいつだって、彼しか見えていないというのに。
今だってそう。
僕のことを一頻り心配したあと、もう隣の彼に身体が向いているじゃないか。
到底覆らない、絶対的な優先順位。
(…聖人くんがいなければ…翼は僕を見てくれるのかな…)
ふと脳裏に浮かんだ言葉に、遅れて絶句する。
(…なんてこと、考えてるんだ、僕は…!)
浅ましさに眉を寄せる。
こんなに優しくて面白くて、素敵な友達なのに。
「おーい、堂本」
「ああ…悪い、ちょっと外すな」
「う、うん…」
「いってらっしゃい」
俯いていると、翼が他のクラスの生徒に声を掛けられて廊下へと出て行く。
残されたのは僕と聖人くんの二人で。
「…あの人、誰かな」
「ああ、生徒会の書記だな。…ホント、あいつ忙しいよなあ」
聖人くんはやれやれといった様子で肩を竦めた。
そしてふっと、目を細める。
「…オレも、いつまでも翼に頼ってちゃ駄目だよなあ…」
「……」
恐らくは、他意のない言葉だったのだろう。
中学のときからずっと一緒で、だからきっと翼の全部背負い込んじゃうところも多忙さもそれをこなしてしまう力量とかも全部全部、知った上での。
だけど僕は、考えるよりも先に、それが吐いて出ていた。
「…そうだね、いつまでも一緒って訳じゃないんだし…」
「え…」
聖人くんの色素の薄い瞳が驚いてまん丸になる。
一瞬間があって…己の台詞の意味に、蒼白になった。
はっと口を押さえるが取り返しがつかない。
それよりも、この所作がさらに発言の意味を深めてしまった。
「ご、ごめん!そういうんじゃなくて、その…!!」
「え、いやいや!気にすんなって!」
取り乱す僕に聖人くんまで慌てだす。
両手を振った彼は、ぽんぽんとあやすように頭を撫でた。
(…なんでだろう、僕、さっきからおかしいよ…)
心の中にじわじわと広がる、嫌な部分。
まるで黒インクの染みのようなそれに飲み込まれてしまいそうで、掻き消すように両肘を擦った。
このことが皆の運命を大きく動かすことになるだなんて、まだこのときは何も知らずに。