（なんで2人でいんだよ…）

オレは込み上げてくる苛立ちをおくびにも出さず、二人に声を掛けた。
驚いたようにオレを見る聖人と、静かに睨みつける巧の視線が集める。
それを受け流しつつも、なるべく自然を装いながらオレは聖人の隣の椅子を引いた。

「お前がテスト勉強困ってるだろうって思ってさ」

ちら、と見れば、案の定机の上に広がっているのは今回のテスト範囲のページが開かれた教科書だった。
尤も、コイツがそういった用事以外にここに訪れることは先ずないのだが。


放課後、さっさとどこかへ行ってしまった聖人にオレは肩透かしを喰らった気分だった。
あいつのことだから、きっと泣きついてくるだろうと思っていたからだ。
テスト一週間前には部活動も禁止になるから、体育館でもない。

（もしかして、図書室か…？）
いつもオレと勉強するときは大抵教室だった。
図書室で会話をすると迷惑がられるし、席も空いていないことが多かったからだ。
しかし帰るとすぐに遊んでしまうあいつのことだから帰宅と言うのも考えにくくて、もうそこしか考えられなかった。

（…なんだよ）

オレは少々…否、かなりショックを受けていた。
いつだってあいつはオレを頼ってきて、オレを必要としてくれていた。
なのに。なんでだ。

ふと脳裏に、数日前廊下で見かけた光景が蘇る。
親しげに歩いていた聖人と巧。
巧から撫でられて、嬉しそうに笑っていたあの横顔。

思い出すだけで、今でも気が狂いそうだ。


オレが巧と直接の面識があったのは２年で生徒会入りしてからだ。
１年のとき、フェンシング部期待の新人というだけあって名前だけは知っていたが、部活にも入っていないのでこれから先も関わりは無いだろうと思っていた。
そんなときだ。あいつの口から、その話題が出た。
『そだ、お前知ってる？西園寺巧って、５組の奴なんだけどさ。アイツいい奴なんだー』

そう言って聖人が笑ったとき、ぞわりと心の闇が蠢いたのをよく覚えている。


あのとき感じた嫌な予感は間違いではないと、次第に強い危機感に変わっていた。

巧はオレが超えることの出来ないラインをやすやすと跨いでいく。
奪われるかもしれない。
誰にでも人懐こい聖人の、本当に許した特等席を。その位置を。

あいつを。

（…そんなこと、させねえ…）

オレは鞄を引っつかむと、図書室へ向かおうと急ぎ足で教室を出た。
「あ、翼…！」

声を掛けながら追いかけてきたのは俊だった。
「ごめんね、もう帰っちゃうの？」
「ああ、いや…図書室にでも行こうかなってさ」
「あ、それなら僕も行っていい？」
きらきらとした眼差しで尋ねられ、ちょっと面食らった。
聖人がもし居なかったらそのまま家に訪ねようと思っていたが、俊としては一緒に勉強をしたいらしい。
余計なことを言わなければよかった、と後悔するが遅く、オレは仕方なく頷いて見せた。

「そう…だな。じゃあ一緒に行こうか」

オレの心情など知る由も無い彼に、駄目などと言える訳が無かった。


しかし、結果として正解だったのかもしれない。
オレ達３人だけだったならこの場はもっと重苦しかっただろう。
オレの向かいに座った俊は上機嫌で、聖人も楽しそうに課題をやっている。

だが、先ほどオレを見とめて一瞬だけ見せた気まずそうな表情だけは、目に焼き付いていた。

（…やっぱり、避けられてンのか）

奥歯をギリ、と噛み締める。
しかし理由が思い当たらない。たこ焼だって連れて行ってやったときには、あんなに笑っていたのに。

オレはなるべく自然になるように、話しかけた。
それが、さきほどの一言だった。

しかし、聖人の反応は予想を裏切るものだった。


「あ、でも数学はもう大丈夫だから」
「…え？」
「今巧に教えてもらったんだーもうばっちり！」
「……へえ…」

オレのトーンがどんどん低くなっていく。
噴出す嫉妬心を抑えるのに必死で、頭が上手く回らない。

「じゃ、英語はオレが…」
「聖人、あと苦手教科は無いのか？」
「えっと、あと英語…かな」
「英語だな。良ければ、一緒に教えようか」
「いいの？助かる！」
「……」

顔を見合わせて微笑みあう2人。
まるでオレの事なんて見えていないかのようで、呆然とするしかなかった。