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オリジナルBL小説を扱ってます。 メインはLiebeシリーズ(不良×平凡)サブでCuadradoシリーズ(生徒会長×お調子者と親友たちの4角関係)も。pixivで漫画連載してます。更新情報はツイッターでどうぞ。
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転入することへの不安は、初日にすぐ消えた。
朝から痴漢に遭うなんて最悪な始まりだったけれど…それも出会うためだったのならよかったと思ってしまうくらい。

それほどに――このひとに、心の全部を持っていかれたんだ。


「あーっ!もう憂鬱すぎて泣けてくる…」
廊下の向こう側から相変わらず元気の良い声が飛んできて、僕は動かしていた手を止めた。
そして、その次に聞こえるであろう心地よいテノールに、全神経を傾ける。

「全く…だから予習しろって言っただろ?」

呆れたように肩を竦ませてみせる仕草まで目に浮かぶようで、くすりと笑ってしまう。
しかしそう言われた彼は実際に目撃しているからこそ腹が立つのだろう、すぐに噛み付く。

「あーはいはい!もうその話は蒸し返すなよっ!この鬼!」
「だーれーが鬼だってー…?」
「あだだだっ…っごめんなさい!許して翼様!!」
恐らくまたプロレス技でも掛けられているのだろう。
まるでコントのような掛け合いに最初こそ驚いたものだが、今ではすっかりこのクラスの名物といっていいくらいだ。

「あーいてー…この、暴力生徒会長…」
「なんか言ったかな、聖人くん?」
「イエ、ナンデモナイデス」
「…本当調子がいいな、お前は…」
溜息混じりの声とともに、ドアへ手が掛けたのが影で見えた。

来る、と分かっていても鼓動が早まる。
長い足を持て余すかのように窮屈そうに扉をくぐった彼が、教室内を一瞥した。

と、僕に気づき、目を見開く。

「俊、お前もまだ残ってたのか?」
「う、うん。明日の英語のテストの勉強しておこうかなって…」
「うわっ!俊ってば超偉い!」
続いて翼の肩からこちらを覗き込んだのは、頭を擦っている聖人くんだ。
(今日は頭を叩かれたんだね、聖人くん…)
若干気の毒に思いながら、彼の言葉に頷いた。

「そんなことないよ。家に帰ると、どうしても遊んじゃったりするから」
「いや、十分偉いだろ。コイツなんて、家にいてもいなくてもやらないからな」
「ちょっと!そこまで酷くねえっての!」
続けざまに責められて、流石の聖人くんも怒る。
しかし大した効果はないらしく、肩を竦められるだけだ。

「どうだか…中学のときからお前が一人で宿題やってきたことなんて、殆ど記憶ないんだけど」
「それはお前がただ単に忘れてるだけじゃねえの…」
「ふーん、そんなこと言うのか…折角お前に今度の範囲教えてあげようと思ったけど、いいんだな」

悔しさのあまり小さく呟く聖人くん。
しかしそれをことごとく拾ってしまう翼の耳は、もしかしたら地獄のそれかもしれない。
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桜の花弁はとうに散って、緑の色が濃くなる時期を迎えていた。


「あー…ったく、うちの担任って人使い荒いよなあ~」
オレはぶつくさと文句を言いながら、閑散とした廊下を歩いていた。


数十分前。
放課後珍しく部活の無かったオレが、翼と久しぶりにこのまま遊びに行こうと話をしていたときだ。
『あー悪い。そこの2人…いやどっちかで構わんから、この荷物を運ぶの手伝ってくれ』
そう声を掛けてきたのは担任で、オレ達は咄嗟に顔を見合わせた。
別に頼まれごとが嫌というわけではなかったけれど、どっちかと言われ少々困ったからだった。

しかしそう切り出した当の本人が、やっぱり、とすぐさま訂正をした。
『進藤、お前が手伝ってくれ。堂本は生徒会で忙しいだろうしな』
『ちょ、なんスかそれ!』
まるでオレが暇だといわんばかりの台詞に、咄嗟に噛み付く。
翼が昨年の秋に行った生徒会選挙で選ばれ、今生徒会長として忙しく動き回っているのは確かだ。
だがオレだって運動量ではかなりキツい部類に入るバスケ部で毎日青春しているっていうのに、その扱いはないんじゃないか。
(しかもちゃんとレギュラーなんですけども!)

オレの反論に小さく口端を持ち上げた翼は、(ちょっとイラッとくる仕草だ)肩をわざとらしく叩いた。
『だ、そうだ。お前なら体力あるだろ、余計に』
『余計は余計だっつの!』
1年の頃から帰宅部だった翼だが、決してひ弱なわけではない。
それどこかそれなりに良い身体をしているし、運動しないのは勿体無いくらいで…って、オレは変態か。

そんな脳内突っ込みなんて勿論聞こえる筈もなく、さっさと先に行ってしまった担任が首だけ振り返って呼んでくる。
『あーほらいいから。ついてこい進藤』
『…へーい』
仕方なしに大量のノートを両手で持ち上げ、そのあとを追った。

『翼、お前待ってろよ!』
『分かってるよ。ちゃんと待っててやるから』

ひらひらと手を振る翼の黒髪が開け放しの窓から吹く風に靡いて、それだけで十分サマになっていて。
まだ教室に残っていた幾人の女子生徒が、そんな奴の姿に見蕩れているのが目の端に映ってしまった。
つくづく世の中不公平だよな…!



用事はすぐに終わると思っていたのだけれど、そのあと教師の雑用まで手伝う羽目になり、やっと解放されたの時にはもう数十分経っていて。
オレはやや急ぎ足で教室に戻っていた。
翼のことだから怒りもしないだろうし待ってくれているとは思ったけれど、やっぱり悪い。

もう部活の無い生徒の大半は帰っているだろう。
大分時間はロスしてしまったが、オレ達もゲーセンかファーストフードに寄る予定なのだ。
階段を登り、角を曲がれば、教室はすぐそこだ。
2年3組のプレートが目に入り、少し安堵しながら扉に手をかけようと伸ばした。

と、中から話し声が聞こえた。
相手は振り向かなくても分かっていた。
オレよりも幾分か背の高いその人物は、呆れ顔でこちらを見下ろしていることだろう。
ゆっくりと首を捻ると、予想通りの鋭い目線にかち合う。

「あ、巧!」

オレがやっぱり、と思うのと同時に、聖人の能天気な声が上がる。
普通の人ならこの眼差しだけでたじろぐものだが、こいつにはそんなものは通用しないらしい。

「えっと…?」
城ヶ崎も御多分に漏れず、高校生らしからぬ雰囲気を醸し出す男に動揺してしまったようだ。
おろおろとオレ達を見比べる彼に、聖人がすかさずフォローを入れた。
「あ、こいつは西園寺巧!我が高校フェンシング部の期待のエースなんだぜ!」
な、と言いながら、聖人は男の…巧の肩をバシバシと叩く。

「へえ…凄いんだね」
「だろ~?」
「なんでお前がそんなに得意そうなんだよ」
「え、だって自慢じゃん!なあ?」
本人に確認するように言っても、困らせるだけだろうに。
オレが内心そう突っ込みを入れるも、巧は柳眉を僅かに吊り上げただけだった。

「全く…お前は本当に元気が良すぎるな」
「ごめんごめん」
「……」
仕方ない、と一見呆れた様なその仕草はごく自然なものだ。
だからだろう、聖人の奴も少しも疑問に持たず、笑いかけながら再び歩き出した。

それに続く形で、城ヶ崎も着いていく。

「……」
「あれ、堂本くん?」
「あ、ああ…今行くよ」

幾分ぎこちないながらも、反射的に浮かぶ笑顔を向けた。


傍から見れば、極々一般的な、友人同士の会話なのだろう。
分かっている。そうでなければ。

歩きながらふと、ポケットに入れたままの掌を握り締めていたことに気づく。
力を緩めると、そこはすぐに血の気を取り戻した。
「ぼくって…ことは…男…?」
「見れば分かるだろ」

たっぷり数秒間を空けて反応した間抜け面を、オレは苦笑しながら小突いた。
まあ、聖人がすぐに理解出来ないのも無理は無い。
オレも数十分前までは、女性だと思いこんでいたのだから。

「よろしくね、えっと…進藤くん?」
しかし彼は失礼な聖人の言葉に気分を害することもなく、にこりと笑みを浮かべて小首を傾げる。
それは同性からみてもどきりとする仕草だろう。
現に隣の男は、さっと耳まで赤くなった。

「あ、オレは聖人でいいから!よろしくな、俊!」
「うん、こちらこそ」
そしてオレの腕から抜け出すと、満面の笑みで転校生と握手なんてしている。
すぐに状況に対応できるのがこいつの長所でもあるとは分かっているのだが…如何せん、変わり身が早い気もする。

「でもお前、どうやって俊と知り合いになったんだよー?ナンパでもしたのか?」
む、と眉を寄せたオレを急に振り返り、聖人がぴっと人差し指を突き立てる。
人を指すな、と釘を刺しつつ、少し濁して応えた。

「するかよ。…まあ、ちょっと…電車の中でな」
「そ、そうなんだ。僕が迷っているときに助けてくれて…」
「ふうん?」
曖昧なオレの言葉を、城ヶ崎が慌ててフォローする。
聖人は疑問が残るようだったが、それ以上は追求してこなかった。

誰よりも当人が一番知られたくないだろう。
オレと知り合ったきっかけが…痴漢だなんて。
「…嘘だろ……」

麗らかな春の日差しが照らす、朝の通学路。

爽やかな空気とは対照的に、オレは先ほどから何度もその言葉を繰り返していた。
頭を抱えてしまいたくなるくらいに衝撃的だった、朝見た夢のせいだ。

オレ――進藤聖人が見たのは、堂本翼という男に抱かれている夢。

勿論オレはアイツとそんな関係でもなければ、そういう意味で好きなわけでもない。
中学生のときに出会ったあいつは――オレの人生を変えてくれた、謂わば恩人なのだ。
あいつを夢とはいえ汚してしまったようで、オレはぐるぐると罪悪感に苛まれていた。

(潜在意識で好き…とか?いやいやいや、それはないって!)

一瞬思いついたそれを、即効で打ち消す。
確かに高校生になった今でも付き合いがあるほどに好きだけど、それは当然友人のそれであって恋愛対象ではない。
オレも健全な男子高校生なのだ。ゴツイ男より、可愛い女の子が大好きに決まってる。
(そりゃ彼女が出来たことはないけどさ。それは只オレにチャンスが無かっただけで…)
いつの間にか思考は、翼から己の経験の無さに向いていく。


アイツと同じ、進学校である広海高校へと入学して2年目の春。
今年こそは彼女を作って花の青春を謳歌するのだ、とオレは息巻いていた。
そんな矢先、新学期一日目の朝にあんな夢を見てしまったのだ。
悲しくもなるというものだろう。

(翼は…彼女とか作る気ねえのかなー)
完璧なルックスにモデル並みにすらりと長い足、それに帰国子女というおまけつき。
いつだって女子生徒から熱い視線を集めているアイツはそれこそ不自由しないだろうに、中学のときから告白を了承したことが殆どないらしい。
付き合ってもすぐに別れてしまうのだと聞かされた時は嫌味かと腹も立ったものだが。

「全く…贅沢な奴だよなあ…」
ずり落ちそうになった鞄の肩紐を直して、オレは軽く溜息を吐いた。
オレなんていっつも面白い人やいい人、で終わっちまうってのに…


考えているうちに段々とムカついてきて、朝見た夢のことは薄らいでくる。
それに少し安堵しながら、角を曲がったとき。
数メートル先を歩く、翼の背中を見つけた。

「あ、おーい、つば…」

名前を呼ぼうとしてそのまま固まる。
その隣を楽しげに歩く、女子高生を見つけてしまったからだ。
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