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オリジナルBL小説を扱ってます。 メインはLiebeシリーズ(不良×平凡)サブでCuadradoシリーズ(生徒会長×お調子者と親友たちの4角関係)も。pixivで漫画連載してます。更新情報はツイッターでどうぞ。
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親しげに笑い合う二人を見たとき。
何故何にも気付かなかったのだろうと、己の浅はかさに眩暈さえした。

運命は、とっくに動き始めていたのだ。


「実行委員への指示はこれで決定していいんだな」
「ああ」
紙を捲る手を止めずに頷けば、巧が隣にいた役員へ指示を出す。
休み明けの文化祭の準備の為に慌しくなってきているせいで、ここ数日は遅くまで残るようになっていた。

「…もうこんな時間か」
オレは眼鏡を外して目の疲れを指で解しながら、三人となっていた部屋を見渡す。
そして巧の横で書類を整理していた女子生徒に、声を掛けた。

「橋本さん。これが終わったら、君はもう終りでいいから」
「え…でも…」
「もう残ってるのは大した量じゃないから。有難う」
おずおずと戸惑った様子だった彼女は、オレがにこりと微笑むと頬を染めた。

いつだったか、彼女がオレに好意を寄せているからここに入ったのだと噂で聞いた。
だからやたらと仕事を買って出てくれているのかと、生徒会の活動に熱心だと喜んでいた自分が少々馬鹿らしくもなったものだ。

「それじゃあ…お先に失礼します」
名残惜しそうに何度もこちらを見ながら、女子生徒が扉を閉める。
残ったのはオレと副生徒会長のみで、暫くは紙の擦れる音だけが響いていた。



「話したいことがあるんだろう?」

どれくらい、そうしていただろうか。
不意に、確信を持った調子で巧が尋ねてきた。


遂に、バランスを崩すつもりらしい。
それはまるで――中世の騎士よろしく、手袋を投げつけられた瞬間だった。



「…どういうつもりなんだ」

なるべく冷静に呟いた筈だったが、語尾が憤怒のせいで揺れていた。
巧はまとめていた書類から顔を上げると、眉一つ動かさず返してきた。


「何がだ。お前にしては珍しく要領を得ないな」
「とぼけてんじゃねえよ。決まってるだろ?」

わざとはぐらかすような、茶化すようなそれにカッとなる。
確かにいつもの自分ならば、とてもこんな言い方はしないだろう。

尤も、それは何でも出来る優等生の”堂本翼”のときだけだ。
本来の自分はもっと粗野で感情的だと思っている。ことあいつに関しては、その制御が出来なくなるくらいに。

レンズの奥から睨みつけると、溜息を一つ落として巧が手元の書類を机に置いた。
そして、同じく剣呑な視線をぶつける。


「…お前に非難される謂れはないんだがな」
「なんだと…っ!聖人が急に可笑しくなったんだぞ、何もない訳ないだろ!」
我慢できなくなり、ガタンと音を立てて立ち上がる。
衝撃でコーヒーのカップが大きく揺れた。

昨日の、安心しきった聖人の横顔が目に浮かぶ。
本来それを向けられていたのはオレだったのに、そこにはオレはいなかった。
これまでの立ち位置を奪ったのは――こいつだった。

それだけで、この怒りの理由には十分すぎるほどだ。


巧は書類をファイルに仕舞うと、同じように立ち上がった。
真正面から対峙する。

「俺は聖人が好きだ。だから告白した。それにあいつは、誰とも付き合っていない。…この状況で、何故お前から怒られる必要があるんだ?」
「…っ」


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ざらりとした不快な違和感。
はっきりとした形ではないけれど確かに残るそれに、僕は居心地の悪さを感じていた。
否、それは僕よりも彼だろう。
そっと息を吐き出しながら、横目で見やる。

一見すると冷静そのものの彼だが、瞳には明らかな苛立ちが覗いていた。
機微が見えるくらいには、自分も親しくなれた証拠なのかもしれない。
…原因は相変わらず、僕ではないのだけれど。


目の前の聖人くんは一人で荷物を抱えてフラフラ歩いている。
練習に出られない代わりに頭を使うのだと、マネージャーの撮った対戦相手の試合のDVDやノートをまとめて家に持って帰るのだという。
嵩張るそれは結構な重さだというのに、彼は手助けを辞退していた。

「なあ、聖人」
「大丈夫だって」
翼が言い終わる前に、聖人くんがにこりと笑って振り返る。
どこが大丈夫なんだろう。だって先程から、何度も転びそうになっている。
それでも彼は翼の手を借りようとしない。
頑なな拒絶ではないのだけれど、それ以上の言葉を言わせない強さがあった。
だから翼も、ただ睨むようにその背中を見守ることしかできないのだろう。


ここ数日、2人のやり取りはこれまでの彼らを知る人なら目を疑うようなものだった。

聖人くんが、翼のところへ殆ど近寄らないのだ。
休み時間は当然のことで、昼食は僕が誘うから一緒に食べるけれど、終わるとフラリとどこかへ消えてしまう。
帰りは部活に顔を出しているから会わなくて、一日で話す機会がぐっと減ってしまったのだ。

彼らの間にはっきりとした喧嘩があった訳じゃない。
現に、今日はこうして一緒に帰っている。
しかし、以前のようななんでも分かり合えている雰囲気はなく、まるで知り合ったばかりのようなよそよそしさなのだ。

だから、自然と僕と翼が2人きりになることが増えたけれど…。


(…こんなの、嬉しくないよ)

僕といるときの翼は、常に今みたいな顔ばかりだ。
話し掛ければいつもの翼なんだけど、それは取り繕った表面上の彼に過ぎない。
そんな彼が見たい訳ではないのに。


僕は人懐っこい聖人くんしか知らないから、こんな風に素っ気ないだけで、凄く不安な気分になる。
「聖人くん…どうしちゃったのかな」
「…あいつがいいならいいんだろ」
心にも思ってない科白を吐き捨てて、翼が鞄の取っ手を肩に掛け直す。
(…違うよ)

翼の嘘は僕にもすぐ分かった。
こういうときの聖人くんは、ちっとも大丈夫なんかじゃない。
心が、泣いているんだ。

それを無理にでも隠し通そうとするから痛々しくて、翼じゃなくてもやきもきする。
(…ああ、そうか)

だから翼は、彼にあんなにも気を向けるんだ。
こんなに心を占めて、目が離せない人――なかなかいない。


「…僕、翼の気持ちが分かったかも」
「は?」
そんな場合じゃないのにくすりと笑うと、翼は目を丸くした。


「あ…っ」
「聖人!」
「聖人くん…大丈夫かな」

練習試合の話を聞いたときは応援に行くとあんなに張り切っていた俊が、今は消え入りそうな声で呟く。
こんな重たい空気になるだなんて、朝までは思わなかった筈だ。
彼も、勿論オレも。

オレは上手く宥める言葉さえ浮かばず、歩を進める自分の革靴にじっと視線を落していた。


聖人が倒れこんだとき、全身から血の気が引いた。

本人はバスケには怪我がつきものだとよく話していたが、一向に起き上がることが出来ない状況に最悪のことまでもが頭を過ぎった。
コートに飛び出していきたかったところをギリギリのところで堪える。
同じように隣で心配そうに見守っていた俊も、祈るように両手を握り締めていた。

聖人が交代してからの展開は酷いもので、試合途中だというのに体育館の生徒達は一人二人と消えていった。
勝手なものだ。
試合前は圧勝すると浮かれていたのに、劣勢になるとみるやさっさと見限ってしまうなんて。


試合終了後にすぐに様子を観に行こうと思ったオレは、一緒に行くという俊を連れて部室へと急いだ。
しかしタイミング悪く、そこに生徒会の顧問と鉢合わせた。
『堂本。いいところにいたな。休みの日に悪いんだがちょっと頼みたい仕事があるんだ』
悪い、と断っておきながらも断られるとは思っていない教師は一方的に仕事を押し付けてくる。
一人では無理だと断ろうとしたが、これまたタイミング悪く二人だったものだからそれ以上抵抗も出来なくて。

結局遅れて部室に向かうも、すでに皆が帰ったあとだった。


駅までの道を俊と二人で歩く。
しかし、足取りは重く会話も途切れがちだった。

オレはずっと――聖人のことで頭が一杯だった。
ちゃんと病院に行ったのだろうか。
あいつのことだから、皆に悪いと無理して一人で行くか…否、そもそも行かないかもしれない。
誰よりも判っているからこそ、無茶をしでかさないか心配なのだ。


(…それに…)

もうひとつ、気になっていることがあった。
巧の姿が、いつからか見えなくなっていた。

(まさか…)
あいつが、傍に居たのかもしれない。
嫌な予感に心がざわついて仕方なかった。


「…もう、いいから」

優しすぎる声色に、堪えていたものが零れた。


今日は絶対に結果を残さなきゃいけなかった。
そう気負いすぎていたのかもしれない。

オレはドリブルの最中に激しいブロックに遭い、結果接触して転倒してしまった。
ここ数日の考え事なんて関係ない。
焦るあまりオレのプレーが乱雑になっていたことと、相手のタイミングが悪かったことが重なって起こった事故だった。
シバっちに交代するかと尋ねられて「いけます」と即答したものの、段々と足の痛みは酷くなるばかりで。
結局オレはベンチに引っ込むことになってしまった。

(情けない…)

オレの沈んだ姿はチームにも悪影響だった。
流れはがらりと変わり、結局大差で負けてしまったのだ。

皆は口々に「気にするな」「本番で勝とうぜ」と言ってくれたけれど、それは罪悪感を募らせるばかりだった。

これ以上迷惑を掛けたくなくて、シバっちが病院まで車を出してくれると言うのを断った。


重たい身体はベンチに張り付いたまま動かなくて、オレはぼんやりと虚空を見つめたまま動けないで居た。
そんなときだ。来てくれたのは――巧だった。

抱き寄せられる形になって、オレの頭を大きな手が撫ぜていく。
「お前は本当に…感情を押し殺してまで笑おうとするんだな」
「…巧?」
「お願いだ…俺の前ではそんな顔をしないでくれ…」
「……」

そんな顔って。オレは今、どんな表情をしているのだろう。
(きっと情けないんだろうなあ…)
その証拠にすでに涙でぐちゃぐちゃで、彼のワイシャツを濡らしている。
悪いから身体を起こそうと思ったのに、いいからと更に距離を縮められた。

虚勢はとうに見抜かれている。
だから嗚咽があがるだけで、言葉が上手く出てこない。
けれど巧は構うことなく、あやすように撫で続けてくれた。


試合開始前は期待にざわついていた会場は一転、水を打ったように静まり返っていた。
ブザーの音が無情にも終りを告げる。
生徒達は信じられない思いでスコアボードを見つめていた。

90-65。
同じような実力を持つ相手との試合とは思えないほどの点差をつけられて負けたのは――広海高校だった。

俺はただ一点を注視する。
タオルを頭から被り、ベンチに座っているキャプテンの顔は、応援席となっている2階から窺うことは出来ない。
泣いているようにも見えて、走り寄りたい衝動に駆られる。

どうしてこんなことになったのか。
それは他の誰よりも、本人が一番強く思っていることだろう。

巻かれた包帯。氷の袋。
きっと腫れているであろう左足――その怪我さえ、なければ。


試合はリードしていた広海が常にボールを支配する有利な展開だった。
事故は、そんな第二クオーターが終わりかけていたときに起こった。

ボールを持った聖人が、相手と接触してしまったのだ。

悲鳴が上がるコート。
変な態勢で転んでしまった聖人は暫く起き上がることが出来ず、蹲っていた。
監督に起こされた彼は2,3言話したあと試合に戻ったが、動きが明らかに可笑しかった。
すぐに止められた彼はそのまま交代を余儀なくされることとなり、キャプテンを欠いたチームは動揺もあったのだろう、急に動きが悪くなってしまった。

それからは圧倒されるばかりで、試合は一方的なものとなってしまったのだった。


ばらばらと生徒達が体育館から出て行くなか、俺は手摺を強く握り締める。

(聖人…)
彼は接触してしまった対戦相手に声を掛けられ、何か話していた。
頭を振っているところをみると、なんでもないと笑みさえ浮かべているのだろう。
心の中は痛いくらい、後悔の念に締め付けられている筈なのに。

そんな彼を見ていることしか出来ない自分が――歯痒かった。


「なんだよ、うち強いんじゃねえの?」
「これじゃ、今度の大会も望み薄だなー」
「…っ」

俺の後ろを通った男子生徒の酷薄な言葉にカッとなる。
(何も知らないくせに…!)

とても黙っていることなんて出来なかった。
声を張り上げようと、顔を上げる。


「必死に戦った奴らの試合見て、よくそんなことが言えるな」
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