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- 09/16 fragile (51) Side: 翼 最終回
- 09/08 fragile (50) Side: 俊&巧
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「…ごめんな」
オレ達の姿を見た聖人が、笑みを浮かべてそう呟いた。
同時に涙が頬を伝う。
この日、オレは聖人ともう一度きちんと話がしたくて、あいつを待っていた。
すぐに部活に行ってしまったから鞄は既になかったが、病院の診察券だけは残っていた。
次の通院が今日だと言っていたから、きっと戻ってくるはずだ。
待ち構えていたとしても、ここ数日のあいつのことだ。拒絶されるかもしれない。
それも仕方ないことだ。
だが、オレはまだ本当の気持ちを伝えていないから。
せめて――同じ土俵に上がらないうちから諦めることだけは、やめようと決めた。
その結果、あいつが巧の手を取ろうとも。
だが、オレを見た聖人の反応は、想像のどれとも異なっていた。
その表情に驚いたのも束の間、あいつはオレの言葉も待たずに駆け出した。
何が起こっているのかさっぱり解らない。
だが聖人の泣いた顔なんて中学生のとき以来で、どんな言葉をぶつけられるよりも衝撃が大きかった。
「聖人っ!」
ここで逃がしてしまったら、もう二度と彼は戻ってこない。
それだけは確かで、オレは反射的に走り出そうと急いだ。
「待って!!」
そんなオレの背中に叫んだのは、勿論残っていた彼だ。
「翼…行かないで」
「……俊…?」
切なげに名前を呼ばれて、のろのろと振り返る。
いやな予感がした。
オレを見つめる目。
何度も見たことがある、色。
(……ああ…)
どこか諦めにも似た、気分になる。
そうか。彼も、そうだったのか。
オレ達は皆不器用で、どこまでも平行線を生きている。
「僕…」
俊が息を吸う。
シャツをぎゅっと握りしめる小さな手は震えていた。
頼りなく揺れる草原の花のような儚さに、目を細める。
けれど、それを救うことは――自分には、出来ない。
「…俊のことは」
小さく、出来る限りそっと口を開く。
ぴくりと震えた彼の大きな瞳が、不安げにこちらを見上げた。
「俊のことは、大事な友達だと思ってる」
言い終わると同時に、背中を向けた。
たったひとつ、その細い影ががらんとした教室に伸びていた。
「聖人!」
名前を叫びながら追いかける。
あの足だ。きっと遠くへは行ってはいない。
何段も飛ばして転げ落ちるように階段を下りて、長い廊下に出る。
昇降口へと伸びる一階の廊下へ出たとき、目的の姿を捕らえた。
息が切れて上手く吸えない。
それでも全力で足を動かして、追いかける。
段々と近付く距離。思い切り、手を伸ばした。
「聖人…っ!!待てって!」
「嫌だ…っ!」
腕を掴んで止めさせる。
反動でバランスを崩した彼の身体を支えたまま、二人して壁に強くぶつけた。
そのままずるずると滑り落ちるようにして、座り込む。
「やだ、離せよ…っ」
「離すかよ!やっと捕まえたんだ、絶対に離すか…!」
ハアハアと呼吸を乱しながら、あらん限りの力を振り絞って暴れる聖人の身体を、抱き寄せることで拘束する。
胸を暫く叩き続けていた聖人だが、諦めたのか段々と力が抜けていった。
「…足、痛くねえのかよ」
「痛いに決まってんだろ…これで大会出られなくなったらお前のせいだかんな…っ」
「……そう、だな…」
ごめん、と小さく耳元で謝る。
さっきから心臓がぎゅうぎゅうと痛いのは、罪悪感で苦しいからだ。
こんなことになって、こうして傷ついて、漸く踏ん切りがつくんだから。
ごめんな。
こんなになるまで悩ませて、疲れさせても――この手を、離したくない。
大きく息を吐く。
顔を覗き込もうと距離を取ると、涙でぐっしょりと濡れたブラウンの瞳と視線が絡んだ。
「…愛してるんだ」
真っ直ぐ、見つめながら告げる。
大きく見開かれた瞳に、オレが映っている。
情けない顔をした――けれどどうしようもなく恋をしている、唯の男が。
「お前を、愛してる。…聖人」
言葉が浸透するまでに、短いようで永遠とも思える時間を要した。
一滴零れた涙が頬を伝って、オレの手の甲に落ちる。
「…だ、って…俊は…」
「あれは、俊が目にゴミが入ったとか言うから診てやってただけだよ」
「…え…」
「…キスでもしてたと思ったのか?」
「……うん…」
呆然と呟く聖人に手を伸ばし、くしゃりと髪を掬い上げる。
ぼんやりとこちらを見上げるその姿はまるで親元に帰ってきた迷い子のようで、小さく微笑った。
「…バカだな」
鼻先まで顔を寄せて、その薄く開いた唇に重ねる。
「…キスっていうのは…こういうの、だろ」