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オリジナルBL小説を扱ってます。 メインはLiebeシリーズ(不良×平凡)サブでCuadradoシリーズ(生徒会長×お調子者と親友たちの4角関係)も。pixivで漫画連載してます。更新情報はツイッターでどうぞ。
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「とりあえず殴らせろ」
「は?」

放たれた意味を呑み込む前に、強烈な右ストレートが飛んで来た。


夏休み前、最後の仕事のために集まった生徒会室。

そこで、聖人と付き合うことになったと巧に改めて宣言した。
聖人から既に断わったとは聞いていたが、オレからもライバルに何かしら報告しないといけないと思ったからだ。
…まあそんなのは建前で、実質牽制の意味があったのだが。

そんなオレからの言葉を受けて、巧が取った行動はひとつ。
あらん限りの力で、吹っ飛ばしてくれたのだった。

流石フェンシングで突きをする手だ。
軌道が全く見えなかった。

があん、という派手な音と共に身体が机に強く打ち付けられる。
強かに腰をぶつけて、熱くなってる頬と同時に痛みを覚えた。
遅れて口内にじんわりと染みるのは、鉄分の味。

「ってえ…っ、いきなり何すんだよ!」
「八つ当たりだ」
「はあっ!?」
今度こそ素っ頓狂な声が出た。
表情も変えずにそんなに堂々と、理由にもなってないことを言われてもリアクションに困る。
(というか、納得できるか!!)


「なんだそれ…っ!」
「――まあ、強いて言うなら失恋の痛みという訳だ」
「っ…」
さらりと続けられ、ぐ、と詰まった。
こちらに向けられた瞳には確かに苛立ちが混じっている。

巧はオレを殴りつけた右手をぷらぷらと振った。どうやら向こうも痛かったようだ。
「…それと、今まで聖人を泣かせてきた罰だ」
「……」

それを言われると何も反論出来ない。
確かにオレの優柔不断さから聖人に辛い想いをさせてきたのだから。
「…もう、泣かすなよ」
「ああ…分かってる」
(…痛いほどにな)

本来、自分のしたことと巧の心情ならば一発で済まなかったところだ。
巧からの有難い忠告だと思うことにして、オレは立ち上がった。
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Side:俊


物音ひとつしない教室。
取り残された僕の脳内には、ひとつの言葉がリフレインしていた。

『俊のことは、大事な友達だと思ってる』

言いながら浮かべた、完璧なまでの綺麗な笑顔。
それだけを置いて、彼は駆けていってしまった。
この世界の誰よりも大事な――彼の心を動かす、唯一無二のひとのもとへ。


「…酷いな」

暫くして、やっとそれだけ呟けた。
ぽつんと小さな影だけが落ちる床を見たら落ちてしまうから、ぐっと天井を見上げた。

最後まで、彼は皆のよく知っている堂本翼のままだった。
優しくて落ち度なんてひとつもない、絵に描いたような理想の王子様。

そして――同じくらいに、残酷なひと。


「まあ…自業自得、かな」
あはは、と渇いた笑いを溢しながら、胸にずっと抱いていた教科書とノートを持つ手に力を籠める。
今日こそは聖人くんを捕まえるんだと、放課後残るという彼に付き合ったのは僕の我侭だった。
明らかに困ったような翼に気付いていながら、それまで勉強を教えて欲しいと無理を言った。

そして、擦った拍子にゴミが入ったらしく目を傷めた僕に、翼は屈んで診てくれて。
まるでキスをしてるみたい、なんて浮かれていたら――彼が、来たのだ。


「…好き…」

ぽつりと告げるのは、行き先を喪った僕の心。

「好き…なんだよ…翼」

もう誰も居ない。誰も聞いていない。
こんな状況でやっと言葉になるなんて、我ながら可哀想だな、なんて笑ってしまう。

彼は、伝えることさえ、許してはくれなかった。


こうなることは判っていたのに。
これで傷つくのはお門違いだと、理解しているのに。

暫く嗚咽は止まらず、僕は蹲りながら感情の波をやり過ごすしかなかった。


夜は、もうそこまで来ていた。


形のよい唇が、そっと離れる。
熱と感触だけが残って、今のが現実だとオレに教えていた。

(い、ま……)

確かに触れた、それ。

彼を見返すと、今度は目の際に降りてきた。
何度も慈しむように色んな箇所に口付けられて、くらくらする。

キス、されている。
翼に。


鈍い思考回路がやっと繋がって、耳までが熱くなる。
嫌とかそんな感情は一切湧かなくて――寧ろぞくぞくと、快感に背中が痺れた。

「…つば…さ…」
「聖人…お願いだ、オレを選んでくれ」
「…え…」
「巧じゃなくて…オレを…」
「……」

まるで祈るような響きだった。
オレの指をそっと握り、黒檀の瞳を向ける。

(…これ…朝にベッドから落ちて目が醒めたり…しないかな…)

それをぼんやり見つめながら、思わず真剣に考えてしまった。
だって、どう転んでも叶うことはないと……先程まではあんなに絶念のなかにいたというのに。
今では、その相手がこうしてオレを恋うている、なんて。

「…うん…」
「…聖人」
しっかりと頷いて、彼の手に己のそれを重ねた。


オレ達は、凄く凄く遠回りをしていたのかもしれない。
一杯苦しんで、悲しんで、嫌な気分にもなって。
でも、やっぱりこの人しかいないんだと、はっきり判ったから。

この痛みも全て丸ごと――彼を想った証なのだと、今なら胸を張って言える。


「オレも、好き…翼のこと…愛してるよ」
「……ありがとな…」

それは初めて見る、翼の顔だった。
心の底から笑って、泣いていた。


「…ごめんな」

オレ達の姿を見た聖人が、笑みを浮かべてそう呟いた。
同時に涙が頬を伝う。


この日、オレは聖人ともう一度きちんと話がしたくて、あいつを待っていた。
すぐに部活に行ってしまったから鞄は既になかったが、病院の診察券だけは残っていた。
次の通院が今日だと言っていたから、きっと戻ってくるはずだ。

待ち構えていたとしても、ここ数日のあいつのことだ。拒絶されるかもしれない。
それも仕方ないことだ。
だが、オレはまだ本当の気持ちを伝えていないから。
せめて――同じ土俵に上がらないうちから諦めることだけは、やめようと決めた。

その結果、あいつが巧の手を取ろうとも。


だが、オレを見た聖人の反応は、想像のどれとも異なっていた。
その表情に驚いたのも束の間、あいつはオレの言葉も待たずに駆け出した。

何が起こっているのかさっぱり解らない。
だが聖人の泣いた顔なんて中学生のとき以来で、どんな言葉をぶつけられるよりも衝撃が大きかった。

「聖人っ!」

ここで逃がしてしまったら、もう二度と彼は戻ってこない。
それだけは確かで、オレは反射的に走り出そうと急いだ。

「待って!!」

そんなオレの背中に叫んだのは、勿論残っていた彼だ。

「翼…行かないで」
「……俊…?」

切なげに名前を呼ばれて、のろのろと振り返る。
いやな予感がした。
オレを見つめる目。
何度も見たことがある、色。

(……ああ…)

どこか諦めにも似た、気分になる。
そうか。彼も、そうだったのか。

オレ達は皆不器用で、どこまでも平行線を生きている。


「僕…」

俊が息を吸う。
シャツをぎゅっと握りしめる小さな手は震えていた。
頼りなく揺れる草原の花のような儚さに、目を細める。

けれど、それを救うことは――自分には、出来ない。


「…俊のことは」

小さく、出来る限りそっと口を開く。
ぴくりと震えた彼の大きな瞳が、不安げにこちらを見上げた。


「俊のことは、大事な友達だと思ってる」

言い終わると同時に、背中を向けた。
たったひとつ、その細い影ががらんとした教室に伸びていた。



これ以上、翼の人生にとってお荷物になりたくなかった。
だから依存しないと決めたのは、離れようと決めたのは――二人にとって最良の選択だった。

それなのに、心は軋むような痛みを訴え続ける。

たったひとりの傍にいないだけで、ぽっかりと大きな穴が空いたような喪失感。
それだけ自分が寄り掛かりすぎていたのだと言われているようで、同時に苦しくもあるのだけれど。

(…オレって最低だな)

巧は、こんなオレを受け入れてくれると言った。
返事すらまともにしていないというのに、彼は手を差し伸べてくれている。
いつまでもこのままでいい訳はない。
けれど、オレはずるずると曖昧なままでやり過ごしている。

簡単なことだ。
巧の手を取ればいい。

同じような気持ちを抱けるかはまだ判らないけれど――彼の傍にいれば、これ以上傷つくことはない。


(…本当、最低だ…)

まるで逃げ道のように考えている自分に嫌気が差して、朝を迎えたベッドの中で酷く暗鬱とした気分になった。



静かな廊下を、怪我した左足を庇いながら歩く。

体育館で午後練を見ていたオレだが、今日は病院に顔を出さないといけないことを思い出した。
さっさと行けとシバっちに追い出され渋々と下駄箱まで行ったはいいが、財布に入れたはずの診察券が見つからなかった。
となると考えられるのは昼飯のときに財布を出した机の中だろう。
オレは仕方なく、教室まで戻る羽目になった。

しかし、怪我をしてみて通常の生活がどんなに楽だったかと思い知る。
体育館から教室までがこんなに遠かったなんて。
オレは休憩を挟みつつ、いつもなら数段飛ばしの階段をゆっくりと上っていた。


結局、今日も一日翼とまともに話すこともないまま終わった。
怪我を理由に隣に居ればまた甘えてしまいそうで、近くにいないように心がけていた。
翼もオレがいないことで余計な気を回さなくて済むのだろう。
俊に向けて微笑んでいる顔が穏やかで、オレといるときとは大違いだった。

(…これで、いいんだよな)

あの二人の姿を見ると、どうしてもモヤモヤした気分になる。
友人に嫉妬するなんてやっぱり面倒くさい奴だなと自己嫌悪は酷くなるばかりで、なるべく視界に入れないようにしていた。

でも、それでも気持ちは落ち込む一方だ。
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